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親孝行という悪徳 [親子論]

神経症とその予備軍には、内的自己規制の多さが特徴だ。
美徳の皮をかぶって、個人の思想を麻痺させる自己規制。
この部分をとことんまで疑う必要がある。
神経症およびその予備軍の生きづらさの根本原因は、
親子関係に起因する場合が多い。
親子関係の問題が解決されない背景には、
親を悪く思う事への強い自己規制がある。

ダメ親は、自分がダメなことを全て周りのせいにして、
自分は被害者のふりをして自己正当化をする。
物心つく前から、親の自己正当化を訊いて育った子供は、
親の身勝手な自己正当化と同じような思考回路で、親を正当化する。
子供が親を正当化しようという欲求は強い。
親がちゃんとしていれば、親のダメな点を批判しつつも、全体として肯定できる。
親がダメであればダメであるほど、
子供が親を正当化するための自己規制が強くなる。
履歴書の尊敬する人の欄に「両親」とか書いちゃうやつって、病気だと思うな。
きっと、ろくでもない「両親」なのだろう。

親孝行というのは、自発的なら美徳だが、押しつけなら悪徳だろう。
至る所で、親孝行の名の下に子供の権利や気持ちが蹂躙されている。
大切に育てられた子供が、親を大事にしたいという気持ちをもつ。
これは素晴らしいと思うが、この場合には、
わざわざ親孝行のすばらしさを吹聴する必要は全くない。
酷い親が子供を縛って管理する場合に親孝行の義務を押しつける。
親孝行の素晴らしさが強調される家庭は、
親が子供を自分の道具として使う酷い家庭だろう。
恩というのは、教える物ではなく、心から湧き出るもの。
子供が親に恩を感じない場合、それはもうしょうがない。
親孝行の美徳とたたき込んで恩を強要したところで、
子供が苦しむだけで、そこに何の心の交流もない。
親孝行の素晴らしさを繰り返す親は、
親子の心の交流よりも、子供からいかに利益を吸い上げるかに重きを置いている。
こういう親は、例外ではなく、とても多い。

親の事を思い出したり、実家に帰ろうと思うと、心の平安が乱れる人は、
自己規制を取っ払って、言いたいことを言ってみるべきなんだよ。
そうすれば、自分たち親子の真の絆の太さがわかる。
親子関係が本物であれば、何があっても崩れない物がある。
子供が何か言ったぐらいで、全崩壊してしまう関係は偽物なのだ。
そんな物のために、神経をすり減らす必要はない。
どっちにせよ、自己規制は無い方が豊かな人生を送れる。

自己規制がある人って、自己規制が必要なんだろうね。
自己規制を辞めたら親子関係が崩壊することを本能的に知っている。
その直感は、おそらく正解なのだろう。
だから、自己規制を辞められない。
でも、子供の自己規制によってようやく保たれているような親子関係は
崩壊した方が、親子の両者にとって幸せだと思うのだよ。


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コメント 7

よぐ

こんにちは。
先月、父が他界し、それ以降母親の依存心、依頼心の強さに辟易して
いたところに、こちらの文章を拝見しました。

父親がいた頃、私は実家を出たくて仕方がなく、しかも里帰りをするのは
年に1,2回ほど。
しかも実家に2日もいると、その晩には口内炎ができたり、蕁麻疹が出ると
いうくらい、とても心にも体にも悪影響でした。
でも、両親は「元気な顔を見せることが一番の親孝行」と言い続けました。

父親がいなくなった今、母親は誰に依存してよいのか分からず、
唯一の身内である私に寄りかかってきています。
これからはお互いに自立して、対等に付き合いたいということを話すと、
泣き始めてしまいます、「自分一人では何も出来ないと・・・」。

私は、そんな母親を残して、自分の生活のペースを取り戻しつつあります。
「これで良かったんだ」と思う自分と「悪いことをしたかも」と思う自分とが
日々葛藤している状態です。
「あなたは自分の好きに生きていいんだよ。私は大丈夫」と言う母親の言葉が
良い意味にも悪い意味にも受け取れてしまい、八方塞な感じです。
by よぐ (2005-10-12 12:53) 

s

はじめまして、求めていたものが見つかった気がします。
せっかく辿り着いたのに、今日はもう時間が無く残念です。後日、ゆっくり読ませていただきます。
by s (2005-10-12 17:09) 

katuo

よぐさん
>しかも実家に2日もいると、その晩には口内炎ができたり、蕁麻疹が出ると
>いうくらい、とても心にも体にも悪影響でした。
>でも、両親は「元気な顔を見せることが一番の親孝行」と言い続けました。
子供の体よりも自分たちのエゴなんだよなぁ。

>私は、そんな母親を残して、自分の生活のペースを取り戻しつつあります。
>「これで良かったんだ」と思う自分と「悪いことをしたかも」と思う自分とが
>日々葛藤している状態です。
依存させなかったことは、よぐさんにも、お母さんにもベストな選択だと思います。
依存をすればするほど、人は弱くなるのです。
依存したがる人って、大抵は自分の足で立てるけど楽をしたいのです。
最初は楽をしているつもりでも、いつの間にか本当に立てなくなってしまう。
それが依存の恐ろしさです。
最初に、寄っかからせなかったというのは大正解。

「あなたは自分の好きに生きていいんだよ。私は大丈夫」と言う言葉は、
額面通りに受け取って良いと思いますよ。

sさん
ここには答えはありませんが、ヒントならあるかもしれません。
by katuo (2005-10-12 23:52) 

Hanna

そうですね。
自分を縛っているのは「自己規制」という
自分が勝手に作ったモノなのかもしれないです。
最近、ムリして両親に愛想をふりまいたりしなくなりました。
崩壊したって、かまわないって思えるようになったからでしょうか。
今、とってもココロは穏やかです。
もっと早く、自分を自由にしてやるべきだったなぁって思います。
でも人生はまだありますからね。がんばります。
by Hanna (2005-10-13 08:43) 

>履歴書の尊敬する人の欄に「両親」とか書いちゃう
昔、受験の面接でこう答えたことがありますね。
その方が余計なことを突っ込まれずに済みますから。
本音を言う博打はできませんでした。。。
しかし、聞いた面接官はそれ以上何も聞いてきませんでした。
何度も聞いている返答だったのかもしれませんが、
尊敬する人が親という返答で納得できる大人って、どうなんでしょうね。
by (2005-10-14 12:03) 

katuo

tomさん
>自分を縛っているのは「自己規制」という
>自分が勝手に作ったモノなのかもしれないです。
外部から強要されたルールが自己規制の起源だと思う。
外部からの強制が繰り返されるうちに、
いつの間にか自分の行動規範の基本となり内在化する。
人は多くの不要な自己規制に縛られている。
だから、「~すべき」という思いこみを全て再検証した上で、
本当に必要な物だけ残すべきなのだよ。


水時計さん
>>履歴書の尊敬する人の欄に「両親」とか書いちゃう
>昔、受験の面接でこう答えたことがありますね。
俺も「両親」と書いたかも(笑
今ならどう書くかな?
ネルソン・マンデラと妻の母親かな。
>しかし、聞いた面接官はそれ以上何も聞いてきませんでした。
>何度も聞いている返答だったのかもしれませんが、
そりゃそうだよ。俺だって自分が面接官だったら、何も言わない。
「尊敬する人が両親なんて、おかしいんじゃない?」と言ったら、
両親が怒鳴り込んできて、後々で問題になっちゃうから。
by katuo (2005-10-16 03:17) 

なつみ

なんかどの記事も自分に当てはまることが多く、どきっとさせられます。
親子関係・・・難しいです。
私は母親の呪縛から離れらないのかも。
私自身もだめ母だけど、母だからなぁ・・・って思ってしまいます。
by なつみ (2005-10-23 08:18) 

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